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理事長所信

2021年度
一般社団法人水沢青年会議所
第59代 理事長 佐藤 恒一

【2021年度スローガン】

【はじめに】

 日本で初めての横断歩道橋や名神高速道路、黒部ダムが完成し、高度経済成長の象徴である東京オリンピックの前年、1963年に、水沢青年会議所は日本で229番目に創立されました。

 その前身となった水沢商工会議所青年委員会から、初代理事長であります松田誠一理事長が中心となり、一関青年会議所のスポンサー協力をいただき、盛岡、一関、花巻についで岩手県内4番目の青年会議所の誕生でした。

 以来、59年の間、その時代の諸問題、とかく難しい公共投資について諸先輩方が向き合い、歴史を紡いでまいりました。

 それは、国道4号線のバイパス設置問題、高速道路水沢インターチェンジの設置運動、日本初の市民による新幹線駅の誘致、「胆江はひとつ」をスローガンとした市町村合併運動と、まちづくりに全力で取り組まれた諸先輩方の歴史であり、会のひとつの価値であります。青年会議所運動の本質とは、青年会議所という仕組みを通じて、この地域を、社会を、自身が守るべき者のためにより良く変えていくことであります。

 これまでの水沢青年会議所運動に敬意を示し、これからも「明るい豊かな社会」実現のため、60周年、そしてその先へ歴史を紡いでまいりましょう。

【基本理念】

自分に価値を加えよう

行いに価値を加えよう

まちに価値を加えよう

 本年度はスローガンを『思い邪無し』と掲げさせていただきました。

これは思い邪無し(おもいよこしまなし)と読み、心正しく、邪悪の念なく、心情ありのままに表し、少しも飾らずの意味となります。青年会議所活動や事業に対する考え方は会員の数だけあり、時には意見がぶつかり物事が進まないことがあります。そのような時には、沈黙、忖度、配慮ではなく、相手と意見が異なることを恐れず、積極的に議論を行うことが大切です。

 ただし、反対意見が相手への不寛容であったり、相手の言い分を正しく理解していなかったり、または社会的立場からの反論ではより良い議論は行えません。会議の場のみならず、事業実施から検証にいたるまで、思い邪無く、相手の考え方を理解、尊重したうえで、青年会議所運動を皆で考え展開していく。それこそが諸先輩方と同じく、この時代の諸問題に対し臆することなく向き合う大きな力となります。

 私たちを育ててくれた先人たちと、まちに感謝を根幹とし、より良いまちを次世代に紡いでいく責務を果たしてまいります。

【基本方針】

  • 水沢青年会議所の輪を広げよう

     近年、青年会議所の会員数は全国的に減少傾向にあります。

     そのひとつの要因として「まちづくり団体」や「異業種交流」の場や機会が数多く存在するようになったことではないかと考えます。

     そして、アプリやツイッターなどSNSを介して、情報交換や交流の場が簡単に設定される。これはまさに革新的で効率的です。

     水沢青年会議所も時代の、まちの、新技術の要請に対し即断即決で応え、取り入れること、変わることに躊躇せず、理事長が先頭に立ち会員拡大を行っていきます。もちろん、それだけではなく水沢青年会議所や、運動を行うメンバーを知っていただくきっかけづくりも合わせて行います。

     また、水沢青年会議所には紡いできた歴史の価値、長きにわたる産官学民連携の信頼性、地域社会への貢献という高い志がございます。

     その諸先輩方から受け継がれてきたまちへの思いを、質の高い事業の開催に結び付け、会の魅力をより強く発信し、水沢青年会議所の輪を広げていきましょう。

  • 「伝える」を意識した発信

     式典、会議、挨拶、告知、青年会議所では様々な発信を行う機会があります。
    それには受け継がれてきた作法や順序等があり、ある種の成功体験であります。
    成功体験があるからこそ、人は次もできると信じ、前に踏み出す勇気となります。
     しかし、その成功体験がときにはマイナスを生むことがあります。いつものことだから、毎年こうだからと思い込み、状況の変化に追従できない時です。
     作業には効率を求めるべきですが、SNSに変わって手紙など、人と人との繋がりには時に不効率のほうが伝わるときがあります。素晴らしい事業を考えても、まちの方々に認識されなければ運動にはつながりません。
     常に、新しい技術や状況の変化に注意を払い、時、場所、相手を考え「伝える」を意識した発信を行いましょう。

  • まちに価値を興そう

     高度経済成長の時代から、公共投資に代表されるインフラの整備、そして整備を基軸とした名所発掘と観光産業、江戸時代から続く町興しの代名詞である特産振興が全国各地で行われました。
     結果として、交通の便が向上し、流通網の整備から「人と物」が手軽に全国を行き来するようになり、無個性になった地方より、利便性の高い都市部に人口は集中することとなりました。。
     奥州市は知名度の高い特産品と豊かな自然に囲まれ、四季を通じて行えるスポーツ環境に加え、祭事や伝統行事も豊かです。
     また、四方を横断する交通インフラや防災ヘリを活用できる拠点病院にも恵まれております。人と物に加え、情報すらも全国を駆け巡る、そのような現代におけるまちづくりは、他市町村と競い合うのではなく、この奥州地域でしか味わえない文化・芸術・スポーツ・自然などを価値と捉え、内外に広く発信することが重要です。
     産官学民の連携をもつ青年会議所があらゆる機会を活用し、先頭にたってまちの価値を広め、このまちに住みたい、このまちで働きたい、このまちで生まれ育ち良かったと感じる人を増やしてまいります。

  • まちの未来を育てよう

     私たちがそう育てていただいたように、まちの次代を担う子供たちは地域の宝であり、まちの未来そのものでもあります。
     そのため多くの各地青年会議所において子供たちを対象とする事業や運動が展開されてきました。
     高度経済成長のころより、日本は少子高齢化と価値観の変化から核家族化が進み、家族で子供を育てるということが難しくなりました。
     そのため、水沢市でも昭和の大合併以降、旧町内での育成会に加え新興地域を中心に子供会などが誕生し、地域で子供たちにしつけや多様な価値観を教え、家族を支えるという風に変化してまいりました。
     しかし、近年、地域コミュニティの中での事件や、不審者による痛ましい事件などが報道されるたびに、子供たちは地域からも疎遠となっております。
     そのような社会情勢の中、水沢青年会議所では、地域コミュニティの活性化と子供たちの健全育成を目的とする奥州インディアン旗野球大会を開催し続けてまいりました。近年では、地域や年代の異なる子供たちを集め、宿泊体験型の事業も行っております。
     ただし、子供たち相手の事業では不確定要素が多く、不測の事態にそなえるべく何度も想定と準備を重ねなければなりません。
     それは、青少年事業は対象が子供たちであっても、その事業内容である相互理解、団体行動、自分を支えてくれている方々への感謝など、前段の想定と準備も含め人生の大切な学びは共通であるこということです。
     親御さん方が、大切な子供たちを委ねていただけるのは、諸先輩方が築いてくれた実績と信頼が背景にあります。
     それを裏切ることなく、自分たちがまちに育ててもらったように、子育て世代でもある私たちが、普段の授業では接しにくい学びの機会を設え、ともに学び、ともに挑戦し、ともに成長できる事業を行ってまいります。

  • 設えを意識した育成の場

     水沢青年会議所を代表する事業「奥州インディアン旗野球大会」(前身:インディアン旗争奪少年野球大会)は昭和33年、旧水沢市の横町町内会の主催にて始まり、昭和39年の第7回大会より水沢青年会議所が運営を引継ぎ、現在まで62回を数えるまでに至りました。
     残念ながら昨年は、新型コロナウイルスを起因とする感染拡大を避けるため開催を見送りました。苦渋の選択ではありましたが、地域の方々より開催についての熱い要望をいただくとともに、この事業の本質を再認識する機会となりました。
     その本質とは、地域コミュニティの活性化と青少年の健全育成であります。
     また、世代を超えた経験者による交流、学年を超えた子供達の交流の場でもあります。「毎年行っているから」で事業を構築せず、事業の細部まで点検し直し、この事業に携わるすべての方々を意識した育成の場を設えていきます。

  • 会員同士が高めあえる関係性へ

     物事の考え方と価値観は十人十色であります。
     それは私が経験した15年の青年会議所活動の中で特に感じてきたことであります。

     十人十色だからこそ、運動に多角的な意見が生まれ、事業内容に危機感から多種多様な質問がなされ、結果に対し新たな改善点を生み出すことできます。
     それらを通じて青年会議所には様々な学びや経験が得られます。それを苦労や負担と捉えるならば、自己の成長は止まり、周囲を明るくすることはできないでしょう。

  • 家族に感謝「育LOM」

     家族、仕事、プライベート、青年会議所活動、人生の限りある時間で序列を設けることはできません。ただし、青年会議所活動が家族と仕事に迷惑をかけるのは絶対に避けるべきだと考えます。

     昨年、日本青年会議所では「育LOM」を推進いたしました。それは育児世代である青年会議所メンバーが家庭や仕事、会議所活動を並行しながらも活躍できる子育て支援等を積極的に行なうLOMを指します。

    本年度は理事の半数以上が子育て世代であり、実際に未就学児を育てながらの活動となります。会審議や関係各所と調整を済ませ次第、NOJCデーの設定、スマート会議の促進と会議時間の遵守、産休中の会費免除等、育LOM環境を整えてまいります。

  • おわりに

    スローガンに掲げた「思い邪無し」これを座右の銘とした薩摩藩主島津斉彬公。その島津家に代々伝わる教えがあります。

     薩摩の教え 男の序列
    一、何かに挑戦し、成功した者
    二、何かに挑戦し、失敗した者
    三、自ら挑戦しなかったが、挑戦した人の手助けをした者
    四、何もしなかった者
    五、何もせず批判だけをしている者

     私は青年会議所入会した当初、能力の高い同期会員をみて自信を無くし、青年会議所という慣れない場所という戸惑いの中から、時に相手を時に青年会議所を批判していたこともありました。
     その後、東日本大震災からの復旧、子供たちへの支援事業を副委員長という立場で携わることで、青年会議所を学びの場と考えるようになりました。
     学校と違い、カリキュラムがない青年会議所ではその学びの場の先が重要です。  つまり、慣れない場、学びの場ときて「成長の場」であります。
     20歳から40歳までという限りある青年会議所活動の中で、自分自身で目的を見出し、自身で問題を克服する、ついには独自性がでて、能動的に変われるようになる。

     水沢青年会議所理事長という重責を担わせていただくのは、私にとってまさに成長の場であり「挑戦」であります。

     はじめにで申し上げましたその時代の諸問題、これに青年会議所の先輩方や、地域の方々が挑戦し、まちをより良く変えてこられました。その運動や歴史をこれからの世代に紡いていかなければなりません。

     水沢青年会議所会員が、ともに学び、ともに挑戦し、ともに成長していく。心細い一本の糸も、紡ぎ撚り合わせれば丈夫な糸となり、撚り合わせた糸は紐となります、その紐は行政、諸団体、地域の方々の紐と撚り合わさり、より強い紐となります。その紐こそが、地域の抱える諸問題という壁を倒す力となってまいりました。

    「学び、より良く変わること」
    「問題に挑戦し、より良くまちを変えること」

     その志を立てる時に、考えや行いに不純さがあれば成すことはできません。

     私自身を変えるきっかけとなった東日本大震災、その災害復旧の現場で感じたことは、自らの不利益を顧みず、個の利益を求めず、能動的に、純粋に「まちをより良くしよう」という人々の大きな力であります。

     震災より10年という節目の年に、その思い邪無い大きな力を思い起こし、水沢青年会議所の運動を進めてまいります。

    共に力をあわせ、一緒にまちの価値を興してまいりましょう。

【2020年度組織図】